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「私の言っていること、間違っていますか?」

職場で、こんな言葉を聞いたことはありませんか?
安全のために人を増やしてほしい。
新人教育を充実させてほしい。
患者の待ち時間を減らしてほしい。
職員が休暇を取得できるようにしてほしい。

どれも間違っていません。
むしろ、どれも組織にとって大切なことです。
それなのに、意見がまとまらない。
会議では議論が平行線をたどる。
ようやく決定しても、不満を持つ職員がいる。

なぜなのでしょうか?
意見を出している人たちの考え方が間違っているのでしょうか?
管理者の判断力が足りないのでしょうか?
それとも、そもそも全員が納得する答えなど存在しないのでしょうか?

実は、組織が抱える問題の中には、誰かが間違っているから起きるのではなく、それぞれが正しいことを主張しているからこそ、解決が難しくなる問題があります。

みんなが正しいのに、なぜ組織はうまくいかないのか?
正しい意見を集めても、正しい判断ができるとは限らない?

今回はある放射線部で開かれた会議をみてみましょう。
あなた自身が管理者になったつもりで、最後まで考えてみてください。

ある金曜日、放射線部で会議が始まった

金曜日の午後。放射線部の会議室に、各部門の責任者が集まりました。議題は、来年度の人員配置についてです。病院から、新たに技師を1人増員できる見込みだと連絡がありました。ただし、増員できるのは1人だけです。技師長が口を開きました。
「来年度、技師を1人増員できそうです。どこに配置するのが最もよいか、皆さんの意見を聞かせてください」
すると、すぐに手が挙がりました。

一般撮影担当者
「新人研修中のインシデントがありました。安全に教育するためには、指導担当者を別に配置する必要があります」
CT担当者
「こちらは緊急検査が多く、患者の待ち時間も長くなっています。1人増えれば、もっと円滑に検査を進められます」
MRI担当者
「新人教育が十分に進んでいません。教育の時間を確保しなければ、いつまでたっても独り立ちできません」
勤務表担当者
「休暇を取得しにくい状況が続いています。まずは職員が無理なく働ける体制を整えるべきです」

さて、困りました。4人とも、もっともなことを言っています。
しかし、増員できるのは1人です。
ここで、あなたにお聞きします。

あなたが技師長なら、どこに配置しますか?
A.医療安全を優先し、一般撮影に配置する
B.患者サービスを優先し、CTに配置する
C.将来の戦力を育てるため、教育に配置する
D.職員の負担軽減を優先し、勤務体制の改善に使う

どれを選びましたか?
その理由も、少し考えてみてください。
では、会議の続きを見てみましょう。

全員が正しい。でも、全員の希望はかなえられない。

一般撮影担当者は言います。
「事故が起きてからでは遅いんです。安全を最優先にするべきではないでしょうか」
CT担当者が反論します。
「こちらも患者を待たせています。緊急検査が重なれば、診療にも影響します」
MRI担当者も譲りません。
「教育が進まなければ、いつまでも一部の技師に負担が集中します。将来のことを考えるべきです」
勤務表担当者は、少し違う視点から話します。
「そもそも休暇が取りにくい状況で、新人教育や安全対策を増やしても、職員が疲弊するだけではないでしょうか」
会議は平行線です。
ここで技師長が言いました。
「皆さんの言っていることは理解できます。しかし、全員の希望を同時にかなえることはできません」
すると、一般撮影担当者が言いました。

「でも、安全が一番大切ですよね?」

この言葉に、ほかの参加者は反論しにくくなりました。
安全が大切なのは当然です。
しかし、だからといって、安全という言葉を使った要望が、必ず最優先になるのでしょうか?
CTの待ち時間によって、患者に重大な影響が生じているかもしれません。
教育が進まなければ、将来的に安全な検査体制を維持できなくなるかもしれません。
職員の疲労が蓄積すれば、医療事故のリスクが高まる可能性もあります。
つまり、どの要望にも、安全という側面があるのです。
ここで気づいてほしいことがあります。

「何を大切にするか」が同じでも、「何を優先するか」が同じになるとは限らない。

全員が患者の安全を大切にしています。
全員が放射線部をよくしたいと思っています。
それでも、意見が分かれるのです。
では、どうすればよいのでしょうか?

会議が進まない理由は、意見が多いからではなかった

ここで技師長は、議論をいったん止めました。そして、ホワイトボードに4つの質問を書きました。

「何が問題なのか?」
「その問題は、どれほど重大なのか?」
「人を増やせば、本当に解決するのか?」
「ほかの方法では解決できないのか?」

すると、会議の雰囲気が少し変わりました。それまでの議論は、各担当者が自分の部門に人員を配置してほしい理由を説明するものでした。
しかし、これからは人員を配置する理由ではなく、解決すべき問題を確認することになります。

例えば、一般撮影でインシデントが発生したことは事実です。
しかし、その原因が教育と検査指示の確認を同時に行ったことによる注意の分散なら、必ずしも常時1人の追加配置が必要とは限りません。
CTの待ち時間が長いことも事実です。
しかし、その原因が患者搬送の遅れや検査時間の調整にあるなら、技師を1人増やしても十分な効果が得られないかもしれません。
MRIの新人教育が進まない理由も、単純な人員不足ではなく、研修方法や到達目標に問題がある可能性があります。
そして、休暇が取得しにくい理由も、勤務表の組み方や業務の集中、担当可能な技師の偏りによって生じているかもしれません。
つまり、4つの要望は、どれも人員を増やすことで解決しようとしていました。

しかし、人員不足が原因であることは、まだ確認されていなかったのです。

ここで、もう一度考えてみてください。

私たちは、問題を解決するために方法を選んでいるのでしょうか?
それとも、自分が望む方法を実現するために理由を探しているのでしょうか?

この違いは、組織の意思決定に大きな影響を与えます。

ここで追加情報です。あなたの判断は変わりますか?

会議の翌週、各部門の状況について追加の資料が提出されました。
内容は次のようなものでした。

一般撮影
研修中のインシデントは過去5年間で1件。重大な患者被害には至っていませんでした。ただし、指示確認と研修者への説明を同時に行う運用が継続していました。
CT
患者の待ち時間は平均30分。ただし、待ち時間の長さには大きなばらつきがあり、特定の時間帯に検査が集中していました。
MRI
新人研修の進捗には個人差がありました。指導者によって教える内容や到達基準も異なっていました。
勤務体制
休暇の取得日数には職員間で差がありました。一部の技師に特定業務が集中し、その技師が不在になると運用が難しくなる状況がありました。

さて、どうでしょう。
最初に選んだ配置先は、今も同じですか?
一般撮影のインシデントは5年間で1件だから、優先順位を下げますか?
しかし、次に発生したときには重大な事故になるかもしれません。
CTの平均待ち時間が30分だから、技師を増やしますか?
しかし、特定の時間帯だけが問題なら、勤務時間や検査予約の調整で対応できるかもしれません。
MRIには専任指導者が必要でしょうか?
それとも、研修プログラムを標準化することが先でしょうか?
休暇の取得が難しいのであれば、増員する前に、複数の検査を担当できる技師を育成する方法も考えられます。
追加情報を得たことで、判断が難しくなったと感じた人もいるでしょう。
しかし、それは悪いことではありません。

情報が増えたことで迷うようになったのなら、それまで見えていなかった問題に気づいたということです。

逆に、最初に決めた意見を変えたくないと感じた人もいるかもしれません。
ここに、人間の判断の面白さと難しさがあります。

私たちは、正しい答えを探しているつもりで、自分の答えを守っていないか?

例えば、あなたが最初に「CTに1人増員するべきだ」と考えたとします。その後、追加資料を読んでいると、CTの待ち時間に関する情報が気になります。
平均待ち時間が30分。緊急検査が集中する時間帯がある。患者の待ち時間を減らす必要がある。

やはりCTに増員するべきだ。しかし、同じ資料には、検査予約の調整や搬送方法を改善する余地があることも示されています。それでも、自分の意見を支持する情報ばかりを重視してしまうことがあります。

これは確証バイアスと呼ばれる心理的な傾向です。

私たちは、自分の考えに合う情報を重視し、反対する情報を軽く扱ってしまうことがあります。
そして、厄介なのは、本人には偏った判断をしている自覚がない場合があることです。
自分では客観的に考えているつもりでも、知らず知らずのうちに、自分の意見を正当化する材料を集めているかもしれません。
さらに、過去に大きなインシデントを経験した人は、安全対策の必要性を強く感じるでしょう。
職員の退職によって苦労した管理者は、人員確保を最優先に考えるかもしれません。
新人教育で苦労した経験がある人は、教育体制の充実を重視するでしょう。
それぞれの経験は、決して無意味ではありません。むしろ、貴重な判断材料です。
しかし、経験が豊富であることと、常に客観的に判断できることは同じではありません。

「私はこう思う」ことと、「組織としてそう判断すべきである」ことの間には、まだ検討すべきことがあるのです。

15人が賛成、5人が反対。それなら多数決で決めますか?

会議が続きます。意見がまとまらないため、ある職員が提案しました。
「それなら、みんなで投票して決めませんか?」

なるほど。民主的で、公平な方法に思えます。そこで、職員20人にアンケートを取りました。
ある改善案に15人が賛成し、5人が反対しました。
賛成が圧倒的多数です。
では、この改善案を採用してよいのでしょうか?

ここで、反対した5人の意見を確認してみます。すると、そのうちの1人が、重大な問題を指摘しました。
「この運用では、緊急検査が重なったときに患者の状態確認が遅れる可能性があります」
もし、この指摘が合理的で、実際に重大な患者被害につながる可能性があるならどうでしょう。15人が賛成しているからといって、そのまま採用してよいのでしょうか。もちろん、多数決が悪いわけではありません。全員の意見を集めることにも意味があります。
しかし、多数派の意見が必ずしも正しいとは限りません。少数派の意見が、重大な問題を指摘している可能性もあるからです。
一方で、少数の反対意見があるという理由だけで、すべての改善を止めることも適切ではありません。

重要なのは、何人が賛成したかだけではなく、なぜ賛成し、なぜ反対しているのかを理解することです。

ここでもう一つ考えたいことがあります。

「みんなで決めたこと」と「組織として責任を持って決めたこと」は、同じでしょうか?

多数決で決まったとしても、その結果に責任を持つのは誰なのでしょう。
投票した職員全員でしょうか?
提案した担当者でしょうか?
それとも、最終的に承認した管理者でしょうか?

意見を集めることと、意思決定することは、分けて考える必要があります。

全員が納得するまで話し合う。それは本当に理想なのか?

ここで、少し意地悪な質問をします。

「全員が納得するまで、決定を延期するべきでしょうか?」

全員が納得してから実施できれば、それに越したことはありません。
しかし、現実には、どれだけ話し合っても意見が一致しないことがあります。
ある人は安全性を重視する。
ある人は職員の負担を重視する。
ある人は患者サービスを重視する。
ある人は将来の人材育成を重視する。
どれも重要だからこそ、簡単には一致しません。
それでも、組織は決めなければなりません。
増員できる1人を、どこに配置するのか。
決定を延期している間にも、現在の問題は続いています。

つまり、何も決めないことも、一つの意思決定なのです。

もちろん、重大なリスクが十分に検討されていないのであれば、安易に決めるべきではありません。
しかし、必要な情報がそろい、実施可能な選択肢が整理されているのであれば、全員の賛成を待ち続けることが最善とは限りません。
そこで必要になるのが、管理者の判断です。
ただし、管理者が独断で決めればよいという意味ではありません。
現場の意見を聞く。
反対意見も検討する。
判断の根拠を整理する。
そして、最終的に組織として決める。

管理者の役割は、全員の希望をかなえることではなく、異なる要望の中から組織として必要な選択をすることではないでしょうか。

そして技師長は、一つの決断をした

さて、会議の結末です。技師長は、翌月からの運用について次のように説明しました。
「今回の1人は、特定の検査室に常時固定するのではなく、時間帯や業務状況に応じて配置することにします」
「ただし、これを最終的な結論にはしません」
「一般撮影では、まず指示確認と研修者への説明を分離する運用を試行します」
「CTでは、待ち時間が長くなる時間帯と、その原因を分析します」
「MRIでは、研修の到達目標と指導方法を整理します」
「勤務体制については、特定の技師に業務が集中している原因を調べます」
「そのうえで、一定期間後に人員配置の効果を評価し、必要なら見直します」

これに対して、一般撮影担当者は言いました。
「研修中の安全は、本当に確保できるのでしょうか?」
CT担当者も不安そうです。
「緊急検査が重なった場合、応援に来てもらえるのでしょうか?」
技師長は、それぞれの懸念を確認し、具体的な対応方法を検討することにしました。
ここで注意したいのは、この決定が唯一の正解というわけではないことです。
実際の検査件数やインシデントの重大性、人員の習熟度、緊急対応の必要性によっては、特定の検査室に専任配置する方が合理的な場合もあります。
今回の判断も、必要な安全性を確保できることが前提です。
しかし、注目してほしいのは、技師長が何をしたかという点です。
全員の意見をそのまま採用したわけではありません。
誰かの意見を単純に否定したわけでもありません。
それぞれの問題を整理し、対策を検討し、結果を確認して見直す仕組みを示しました。
そして、判断の理由を説明しました。

正しい判断とは、必ずしも全員が賛成する判断ではありません。

なぜその判断をしたのかを説明でき、結果に応じて修正できることが重要なのです。

ところが、その3か月後にインシデントが発生した

ここで、まだこの話は終わりません。新しい運用を開始して3か月後。ある検査室でインシデントが発生しました。
幸い、重大な患者被害には至りませんでした。
しかし、職員の間から、こんな声が出てきました。
「だから、あの配置には反対だったんです」
「最初から専任者を置いていれば、こんなことにはならなかった」
「誰がこの運用を決めたんですか?」
そして、改善案を提案した職員は、こう思いました。
「こんなことになるなら、提案しなければよかった」
さて、ここでお聞きします。

この改善は、失敗だったのでしょうか?

インシデントが発生したという結果だけで、判断が間違っていたといえるのでしょうか?
もちろん、重大な危険を把握しながら、必要な対策を講じずに実施したのであれば問題です。
しかし、十分な検討を行い、必要な安全対策を整えたうえで運用していても、予期しない事態が発生することはあります。

ここで考えたいのは、結果と判断の過程を分けることです。
例えば、インシデントが発生しなかったからといって、その判断が正しかったとは限りません。
偶然、事故が起きなかっただけかもしれません。逆に、インシデントが発生したからといって、それまでの判断がすべて間違っていたとも限りません。
重要なのは、当時の情報に基づいて合理的に判断したのか、リスクを適切に評価したのか、必要な対策を講じていたのかということです。

これは、結果を見てから「最初からわかっていた」と感じやすい後知恵バイアスにも関係しています。

結果を知った私たちは、その出来事を事前に予測できたはずだと考えてしまうことがあります。
しかし、実際に判断した時点では、結果はまだわかっていませんでした。
だからこそ、後から結果だけを見て責任を追及するのではなく、当時の判断過程を確認する必要があります。
もちろん、個人の故意や重大な過失、ルール違反があれば、適切に対応しなければなりません。
しかし、問題が発生するたびに提案者や承認者を責めていたら、組織はどうなるでしょうか。
おそらく、誰も改善を提案しなくなるでしょう。
今までのやり方を変えない方が安全だと感じるようになるかもしれません。
ここで、もう一つお聞きします。

「失敗しない組織」と「失敗から学べる組織」。あなたは、どちらを目指したいですか?

本来、目指すべきなのは、重大な失敗を防ぐ仕組みを整えながら、問題が起きたときには原因を分析し、よりよい方法へ改善できる組織ではないでしょうか。

優れた管理者とは、正しい答えを知っている人なのか?

ここまで、ある放射線部の人員配置会議を通じて、組織の意思決定について考えてきました。
では、優れた管理者とは、どのような人なのでしょうか?
経験が豊富な人でしょうか?
判断が速い人でしょうか?
職員の意見をよく聞く人でしょうか?
誰からも不満が出ないように調整できる人でしょうか?
もちろん、いずれも重要な能力です。

しかし、管理者であっても、すべての問題について正しい答えを知っているわけではありません。
CTの運用についてはCT担当者の方が詳しいでしょう。
MRIの新人教育については、実際に指導している技師の方が具体的な問題を理解しているかもしれません。
勤務表の問題については、日々の調整を担当している職員が最も詳しいこともあります。
つまり、管理者だけがすべてを理解している必要はないのです。むしろ、異なる知識や経験を持つ職員の意見を引き出し、組織としての判断につなげることが重要になります。
ただし、意見を聞くだけでは十分ではありません。
管理者には、最後に決める責任があります。

ここで大切なのは、意見を尊重することと、すべての意見を採用することは違うということです。

例えば、ある技師の提案が採用されなかったとします。
その技師は、自分の意見が否定されたと感じるかもしれません。
しかし、管理者が提案の意義を認めたうえで、ほかの要望や組織全体への影響を説明し、今回は採用しないと判断したのであれば、それは意見を無視したことにはなりません。
大切なのは、採用するかどうかだけでなく、判断の理由を共有することです。

全員を納得させることは難しくても、判断の過程を理解してもらう努力はできるはずです。

意見が分かれる組織は、悪い組織なのか?

ここで、少し意外に感じるかもしれませんが、私は、意見が分かれること自体は必ずしも悪いことではないと思います。
医療安全を重視する人。
教育を重視する人。
業務効率を重視する人。
職員の負担を重視する人。
それぞれの考え方には意味があります。

むしろ、全員が同じ方向からしか問題を見なければ、重要なことを見落としてしまう可能性があります。
例えば、業務効率だけを考えれば、できるだけ少ない人数で検査を進める方法が合理的に見えるかもしれません。
しかし、安全性を重視する人がいれば、その運用に潜むリスクを指摘できます。
一方、安全性を重視する人だけで考えていると、必要以上に確認作業や人員配置が増えてしまうかもしれません。
そこに業務効率を重視する人がいれば、別の方法を提案できるでしょう。

教育を重視する人は、目先の効率だけでは見えない将来の課題を指摘できます。
職員の負担を重視する人は、長期的に働き続けられる体制の必要性を示せます。
つまり、異なる考え方を持つ人がいることは、組織の強みになり得るのです。
ただし、一つ条件があります。

自分の意見が正しいことを証明するためではなく、組織としてよりよい判断をするために議論すること。

ここが重要です。
自分の意見を通すことが目的になれば、議論は対立になります。
しかし、よりよい方法を見つけることが目的であれば、反対意見にも価値が生まれます。
そして、自分の意見が採用されなかったとしても、その判断が合理的であれば、組織として協力することができます。
これが、成熟した組織の姿ではないでしょうか。

最後に、もう一度あの会議へ戻ってみてましょう。

金曜日の午後。放射線部の会議室に、各部門の責任者が集まっています。
一般撮影担当者は、安全のために人を増やしてほしいと言います。
CT担当者は、患者の待ち時間を減らしたいと言います。
MRI担当者は、新人教育を充実させたいと言います。
勤務表担当者は、職員が休暇を取得できる体制を整えたいと言います。
全員が正しいことを主張しています。

しかし、増員できるのは1人だけです。
最初にこの話を読んだとき、あなたはどこに配置しようと考えましたか?
そして、今はどうでしょうか?
最初と同じ判断でしょうか?
それとも、少し考えが変わりましたか?

どちらでも構いません。
大切なのは、判断を変えたかどうかではありません。

自分がなぜその判断をしたのか、そして、ほかの選択肢をなぜ採用しなかったのかを説明できることです。

組織の意思決定では、すべての人が満足する答えを出せるとは限りません。だからこそ、目的を明確にし、情報を集め、異なる意見を聞き、組織全体への影響を考える必要があります。

そして、決定した後も、その判断が本当に適切だったのかを確認し、必要なら修正していく。私たちが目指すべきなのは、誰か一人の優れた判断力に依存する組織ではありません。

異なる考え方を生かしながら、組織として合理的な判断を続けられる仕組みをつくることです。

「私の意見は正しい」
「みんなが賛成したから問題ない」
「管理者が決めたのだから仕方がない」
「失敗したのだから、最初の判断が間違っていた」
そんな言葉で、思考を止めてはいないでしょうか?

正しい意見を持つことは大切です。
しかし、正しい意見を集めるだけでは、組織はうまくいきません。

必要なのは、異なる正しさの中から、組織として何を優先するのかを決めることです。
そして、最後にもう一度、みなさんにお聞きします。

みんなが正しいのに、なぜ組織はうまくいかないのでしょうか?

それは、誰かの考え方が間違っているからではなく、それぞれの正しさを組織全体の判断につなげる仕組みが不足しているからかもしれません。私たちが目指したいのは、「全員が同じ意見を持つ組織」ではなく、「異なる意見を生かし、必要な判断を行い、その結果から学び続ける組織」です。

今回の話を聞いて、あなたの職場で見直せることはありますか?

 

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