みなさんこんにちは
今年の10月に韓国の病院で酸素ボンベの吸着事故により患者さんが死亡するという痛ましい事故が起きてしまいました。
このニュースを聞いたとき、またか…と思った方もいらっしゃったのではないでしょうか。
今回と同様の事故が2001年に米国で発生しており、この事故では6歳の男児が死亡しています。
このような痛ましい事故が繰り返し起きてしまう原因は何なのか?
このような悲しい事故を無くすためには何が必要なのか?
MRIの吸着事故は大なり小なり毎年発生しており、MRIの業務に携わっていれば、吸着は免れても危なかったことは誰もが経験されていると思います。
MRI業務に従事する者は、業務開始前にMRIの安全性の教育・研修を受けることは当然です。
しかし、それだけでは吸着事故をゼロにすることができないことは、繰り返し引き起こされる吸着事故報告からも明らかです。
MRI酸素ボンベ吸着実験
この動画を視聴することによって、MRI検査室に酸素ボンベを持ち込むことがどれだけ危険なことなのか認識できると思います。
医療安全教育動画
以下の動画3つを視聴すれば、その他の金属類や点滴、車椅子の危険性も認識できるでしょう。
▼動画1
▼動画2
▼動画3
見ての通り、これらの動画を視聴すれば、MRIに関して専門的知識がなくとも、酸素ボンベや車椅子、点滴はMRIに持ち込んだら大変なことになりそうだなとわかります。でも、これだけでは吸着事故をゼロにすることはできません。なぜなら、このような動画をみていない人たちもMRIには沢山くるからです。
注意喚起ポスター
MRI装置メーカーやJIRA(日本画像医療システム工業会)などから注意喚起ポスターを入手することができます。多くの病院では、酸素ボンベやストレッチャー、車椅子、点滴などをMRI検査室に持ち込んではいけないという注意喚起ポスターをMRI検査室の出入口ドアに大きく掲示しています。
しかし、吸着事故が起こるとき、MRI検査室のドアは開いていることが多く、ドアが開いているときは注意喚起のポスターはドアの裏に隠れてみることができません。ドアが開いている時がもっとも危険であるにもかかわらず、必要なときに十分に注意喚起できていないのが現状です。
注意喚起のポスターは、ドアの外側だけでなく、内側にもポスターを貼るなど、ドアが開いていたときでも吸着の危険性を注意喚起できるような工夫がさらに必要ではないでしょうか。
問診およびチェックリスト
MRI検査室へ入室する前に体内金属の有無や時計、スマートホン、指輪、ネックレス、ヘアピンなど、チェックリストの項目を一つずつ確認することは、吸着事故を減らすためにとても有効な手段です。
しかし、検査に時間がかかってしまい、時間的余裕がなくなり、焦るあまり誰かが金属のチェックしただろうとチェックを疎かにしてしまう。ベテランの医師や看護師がそばで介助しているから大丈夫だろうとチェックを怠ってしまう。チェックリストがうまく機能せずにそのまま吸着事故に至るという流れは本当によくあります。
また、チェックしたのですが、そもそも金属が内部に入っているとわからずにそのまま入室して吸着させてしまう。このような認識不足から生じる吸着事故は、チェックリストで防ぐことができません。
失念による事故
普段から当たり前に身につけているあまり、患者さんやスタッフ本人が身につけていることを失念していることによる事故もよくあります。中でも特に注意したいものは、カイロや健康器具類です。これらは本人が意識していないために、装着したままMRI検査室に入室してしまうことはよくあります。
平成24年度宮城県放射線技師会の事故報告では、看護師がアンクルウェイトを装着したままMRI検査室に入室し、右足が装置に吸着し取り外すことができず、磁場を落として(消磁して)救出する事例が報告されています。この事例では、復旧費用に300万円かかっています。
また、メガネや補聴器は、着けていないとよくみえなかったり、聞こえなかったりするため、患者さんには検査室入室直前に外してもらうことにしていても、結局外してもらうことを忘れてそのまま検査してしまうこともよくあります。
チェックリストを使って患者さんに確認しても、失念から申告されなければ金属類をMRI検査室に持ち込み吸着事故に至ってしまいます。このような事故は、金属探知機を使用することによってうまく金属を検知できれば、チェックリストで漏れた金属を発見して事故を未然に防ぐことができます。
金属探知機
金属探知機は金属の有無を確認するためにとても有効な手段です。しかし、金属探知機の検出原理をしっかりと理解しておかなければ、せっかく金属探知機を持っていてもうまく使うことはできません。
金属探知機は、発信コイルと受信コイルの2種類のコイルから構成されており、そのコイル間の磁界の乱れによって金属を検出しています。そして、MRIに吸着される磁性金属とMRIに吸着されない非磁性金属は、コイル間の磁束のバランスが崩れることによってそれらの存在を検出できます。さらに磁束のバランスの崩れ方によって、両者の金属を区別して検知することができます。
一般的な金属探知機は、磁性体も非磁性体の金属も区別なく検出してしまうため、MRI対応の非磁性体のストレッチャー上で金属探知機を使用してもうまく使うことができません。MRI専用の金属探知機を使用すれば、磁性体・非磁性体を識別したり、その両方を検出したり使い分けることができ、大変便利です。
まとめ
MRI装置は強力な磁力によって金属を吸着させる特性があります。アクティブシールドによって、その磁場はできるだけ内部に抑えられていますが、ゼロにすることはできません。磁性体の金属製品を持ち込むと、ある場所から急激に引き付けられて人の力ではもはや止めることができず、手から離れて装置に向かって真っ直ぐに飛んでいきます。金属製品の飛んでいく先は磁場の中心であり、そこには患者さんが寝ています。患者さんが寝ている検査中に金属製品が飛び出すと運の良し悪しは関係なく必ず患者さんに命中することになります。
そして、吸着事故が起こるとその検査室は1日以上使用することができなくなり、復旧作業も数百万円かかります。事故原因にそもそも検査の安全管理体制に問題があったとしても、事故を起こした当事者の精神的な負担は計り知れません。さらにその後の賠償問題のことも病院と当事者に大きく影を落とします。
スタッフを教育・訓練したり、チェックリストを作成したり、金属探知機を用いたりすることは、吸着事故を減らすことに効果的ではありますが、忙しい時のチェック漏れや失念などによって事故はどうしても起きてしまいます。
吸着事故は一瞬で起こります。そして、人は必ずミスを起こします。
人的な安全管理だけに頼っていては、吸着事故を防ぐことはできません。
金属製品がMRI装置に吸引されたとき、車のエアーバックのようなものが患者さんを包み込み、一瞬にして患者さんを守ることができたり、MRI検査室内に金属製品が入ったときに一瞬で装置が消磁したりするなど、システムや装置で吸着を阻止したり、吸着しても被害が最小に抑えられるような、人的なミスで吸着が生じても最悪の結果にならないように、装置側にも吸着を防ぐためのバックアップを装備することが今後求められるようになるかもしれません。
参考文献
・「MRI検査室への磁性体( 金属製品など)の持ち込み」(医療安全情報 No.10、第2報 No. 94).医療事故情報収集等事業 第50回報告書
・引地健生. MRI検査における安全管理.日本職業・災害医学会会誌 JJOMT Vol.52,No.5 p257-264
放射線技師.com