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 その昔、医療訴訟は我々診療放射線技師には縁遠いものという認識でした。しかし、医療サービスに対する一時期のマスメディアからの執拗な批判や集中砲火から医療訴訟が大きくクローズアップされ、病院や個人も対象に訴訟を起こすケースが増加しました。そのような中、我々技師もこれからは訴訟の対象になるのではないかという不安が高まりました。

そして、MRIやダイナミック造影CTなどの検査の多様化や高速化、撮影・治療装置の発展による医師と技師の分業化、インフォームドコンセントなどの同意書など、些か曖昧だった技師の仕事内容の責任が明確化してきました。

診療放射線技師賠償責任保険は、免許を有する診療放射線技師が業務に関連して他者に損害を与えた場合に備える保険です。

’例えば、病院で医療事故などが起こった場合、病院や医師、診療放射線技師、その他の医療職は、安全な医療を行わなかったことに対して、民事上の法的責任として債務不履行責任、不法行為責任を問われます。

「万が一、ミスをしてしまっても、最終的には雇用主の病院側の責任になるんじゃないの?」と思った方も多いのではないでしょうか?

確かに債務不履行責任は、通常、被害者との直接の契約者である病院が責任を負います。ところが、不法行為責任は、契約の有無に関係なく、まず医師、診療放射線技師、その他の医療職などの個人が「行為者本人の責任」を問われます。次いで、病院(開設者)、院長、部長などが「使用者責任」を問われます。’看護rooからの引用

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そもそも保険は必要か?

 通常、病院は「病院賠償責任保険(病院賠責)」に加入しているため、仮に保険に未加入の診療放射線技師が共同被告となっても、病院賠責で損害賠償分をカバーすることができます。

’しかし、訴訟などの影響で患者が激減し、病院が経営破たんした場合、病院賠責で保険金が支払われても原告側に優先権はなく、他の債権と同等に扱われるので、賠償金額の多くを受け取ることができません。そうなると、原告側としては、共同被告の医師や技師から補償を得ようとするわけですが、保険に未加入の技師は、自腹で支払うことになります。

病院の経営が悪化する中、訴訟中に経営破たんするケースも少なくありません。そうなると、原告側としては、勝訴した際の賠償金を確実にするために、病院だけでなく医師や診療放射線技師の個人も共同被告として連名で訴えざるを得ないという状況になってしまうのです。’勤務医のための医師賠償責任保険ガイドから引用

使用者(病院)の被用者(技師)に対する求償の問題

’いかに使用者責任(病院の責任)とはいっても,実際に不法行為,つまり事故を起こしたのは被用者(技師)ですから,使用者は,被用者に対して,被害者に支払った損害賠償金を求償することができます。(民法715条3項)

使用者賠償責任は、使用者は被用者を使って利益をあげているのであるから,その被用者を使うことによって生じた不利益も甘受すべきであるという原理からきています。したがって,その被用者が,事業に関して起こした不利益については,被用者の代わりというわけではなく,使用者自身も一定の負担をすべきであるということになります。

そのため、使用者の被用者に対する求償権の行使は,一定の限度において制限されると考えるのが通説的な考え方です。
もっとも、どの程度制限されるのかというのは、個々の事情によって異なってきます。

過去の事例によると、結論として、使用者が求償できる金額は4分の1にとどまるとしていますが,事案によっては,使用者から被用者への求償を一切認めなかったという裁判例もあります。’交通事故・損害賠償請求ネット相談室から引用

裁判例などからすると、使用者の求償権は大幅に制限されることが多いといえますが、過失に相当するそれ相応の金額が病院から請求されるリスクは残されています。

刑事処分と民事処分

 最近では、胃健診の透視検査中、寝台の傾斜で患者が転落死した事故がありました。これには、業務上過失致死の罪で、元放射線技師で伊勢崎市の無職の女(55)を略式起訴。前橋簡裁は同日、罰金70万円の略式命令を出しました。

’医療過誤に対する刑事処分は、刑法の第211条(業務上過失致死傷等)に基づき行われる事例が大半を占め、その目的は民事処分と異なります。

民事処分では、医療機関に対して、患者に発生した損害の賠償を求める一方、刑事処分では国として医療側の社会的責任を追及すべきか否かが判断されます。

処分対象にも相違があり、刑事処分では、医療機関の開設者などは含まれず、医師や技師個人に限られています。判決のための立証の程度も異なり、刑事処分の方が民事処分よりも、医療側の過失と患者の損害との因果関係をより強く立証する必要があります。
なお、医療過誤の場合、裁判に至らず、略式起訴・命令で処分が決まることが多いです。

民事処分 刑事処分
(民法第415条 債務不履行責任、第709条不法行為責任など) (刑法第211条 業務上過失致死傷等)
目的 損害賠償による被害者の救済 個人の社会的責任の追及
処分対象 個人や病院開設者など 個人のみ
立証 過失と損害の間に通常考えられる程度(証拠の優越の程度)の因果関係を必要とする 過失と損害の間に高い因果関係(合理的な疑いを入れない程度)を必要とする
処分内容 個々の判決に基づく損害賠償金の支払 100万円以下の罰金、もしくは5年以下の懲役・禁固

技師として要求されるべき注意義務を十分に尽くしたにも関わらず、不幸にして医療事故が発生してしまった場合には、技師は患者から損害賠償責任、つまり法的責任を問われることはありません。

ただし、被害者救済の面に重点を置けば、たとえ過失がなくても賠償責任を認めるという考えがないわけでもありません。現に、国の施設の瑕疵・欠陥により国民に被害が生じた場合には、国の施設管理上の落ち度を問題とすることなく、瑕疵・欠陥があることさえハッキリすれば賠償責任を認めるという、一種の無過失責任に近い責任を是認している例もあります。’勤務医のための医師賠償責任保険ガイドから引用

日本診療放射線技師会会員なら加入できる賠償保険

 日本診療放射線技師会では、平成24年7月から、技師会の全会員対して、技師会が保険料を負担して「診療放射線技師賠償責任保険」を始めました。そして現在の補償内容は、以下に記す内容となっております。

業務中の賠償責任補償(技師会全員加入部分)2016年10月現在
技師会会員である診療放射線技師が、業務の遂行に起因して、他人の生命・身体を害したり、財物を損壊し、法律上負担しなければならない損害賠償責任を補償します。
補償項目 補償限度額
対人補償 1事故240万円 保険期間中720万円(免責金額5万円)
対物補償 1事故・保険期間中20万円(免責金額1万円)

技師会ホームページより抜粋

そして、上記の保証内容では不安な方に対する上乗せ補償として、会員が任意に加入できる「診療放射線技師賠償責任保険」(任意加入部分)が導入され、平成26年度には、6,784名の方が任意加入されました。

業務中の賠償責任補償(任意加入部分)保険料は会員負担
技師会全会員に自動付帯されている「診療放射線技師賠償責任保険」(全員加入部分)の上乗せ補償(補償限度額を上げる補償)です。また、任意加入部分のみに付帯されている特約もあります。
補償項目 Aプランの保証限度額 Bプランの保証限度額
対人補償 1事故1億円・期間中3億円
(全員加入部分の上乗せの補償)
1事故5千万円・期間中1.5億円
(全員加入部分の上乗せの補償)
対物補償 1事故・期間中30万円限度
(全員加入部分の上乗せの補償)
1事故・期間中20万円限度
(全員加入部分の上乗せの補償)
人格権侵害 1名・1事故・期間中500万円(免責金額なし) 1名・1事故100万円 期間中500万円(免責金額なし)
初期対応費用 1事故・期間中300万円(免責金額なし)(うち、身体障害見舞金は1名あたり5万円限度) 1事故・期間中300万円(免責金額なし)(うち、身体障害見舞金は1名あたり3万円限度)
年間保険料 2,400円/年 1,840円/年

技師会ホームページより抜粋

 技師会の会員自動付保の補償だと、ちょっとした事故くらいならまかなえそうな気がしますが、昨今話題となっている、組織ではなく、個人を狙った高額な医療訴訟に巻き込まれると、すずめの涙程度の補償にしかなりませんね。そうすると、追加の任意保険に加入する必要もでてきます。追加の任意保険の場合だと、年間1840円の安い方で1事故5000万まで補償してくれるので、かなり安心です。

詳しくは、下記のリンク先をご覧ください。
日本診療放射線技師会の損害賠償責任保険制度
診療放射線技師賠償責任保険パンフレット

保険の補償内容

すべての詳しい補償内容に関しては、診療放射線技師賠償責任保険パンフレットをご覧になってください。

それでは、保険の補償内容をチェックしていきましょう。

この保険は、他人の身体障害および財物損壊は、保険期間中に身体障害および財物損壊が発見された場合が補償対象となります。そして、人格権侵害は、保険期間中に日本国内で不当行為が行われた場合が補償対象となります。保険金請求権には時効(3年)があります。

身体障害の事例は、
・カセッテを患者さんの足元に落とし、足指を骨折させた。
・放射線治療装置の入力ミスにより、複数のがん患者さんに過剰(過小)な放射線を照射した。
・医師に別の患者のCT写真を渡し、治療の遅れにより患者が死亡した。
・MRI検査で金属を含有する経皮吸収貼付剤の確認を怠り、患者さんが火傷を負った。

財物損壊とは、診療放射線技師業務遂行に起因して衣服やメガネなど他人の身の回り品等を壊した場合や、診療放射線技師業務遂行にあたって使用または管理する財物の損壊のことです。

パンフレットの事例を挙げると、
・患者さんが補聴器を外していないことに気づかずMRIを実施し、補聴器を破損した。
のみ書かれていました。

その他の筆者が思いつく事例は、
・造影剤の血管外漏出
・造影剤漏出や止血不十分による衣服の汚染
・MRIの吸着事故
・ストレッチャー移動や透視検査中の患者転落事故
・立位撮影したときの転倒事故
・鉛ドアや撮影装置の指挟み事故

などが考えられますが、補償されるのでしょうか?
パンフレットに相談窓口が記載されていましたので、今度確認してみます。
相談受付窓口 フリーダイヤル 0120-226355

保険の対象

次に、保険の対象ですが、

1.医師または歯科医師の指示の下に、放射線を人体に対して照射(撮影を含み、照射機器または放射性同位元素(その化合物 および放射性同位元素またはその化合物の含有物を含みます。)を人体内に挿入して行うものを除きます。)を行う業務
2.診療の補助として、磁気共鳴画像診断装置その他の画像による診断を行うための装置であって政令で定めるものを用いた検査(医師または歯科医師の指示の下に行うものに限ります。)を行う業務
3.1.または2.に付随する業務

と書かれていますが、1.の括弧内の但し書きが気になります。RIや腔内照射に関わる事故は補償されないのでしょうか?
引受保険会社が東京海上日動さんなので、今度確認してみます。

そして、支払われる保険の費用ですが、
①法律上の損害賠償金
②争訟費用
③緊急措置費用
④協力費用
⑤損害防止軽減費用
⑥初期対応費用(任意加入での補償となります。全員加入では補償されません)
※⑥初期対応費用の一部は支出前に引受保険会社の同意が必要となります

となっており、⑥の初期対応費用は、訴訟になれば弁護士費用がかかりますが、訴訟にならなかった場合でも事実を明らかにするプロセスで弁護士費用が必要になる場合があるのであれば安心です。

一般的な保険の事故発生から保険金の支払いまでの流れは、

医療事故発生→医療過誤と確定→被害者が賠償請求→事故審査委員会→賠償請求の内容・請求額の妥当性を審査→賠償金を支払う

という感じです。

 以上より、医療事故の賠償問題は、病院の技師に対する求償の問題や訴訟中に病院が経営破たんした場合などを考えると、病院だけに頼るのは少しばかり不安が残ります。最近では、人出不足にも関わらず、病院側の都合で、当直中に緊急MRIを撮像したり、IVRをおこなったりしていますが、忙しい上に普段やっていない業務を行って医療事故を起こして、注意義務違反といわれてたらたまったものではありません。
病院側が業務拡大を要求してくるときは、必ず注意義務を盾に、事前に医療事故が起こった場合の補償について、しっかりと話し合っておく必要があると考えます。病院の経営状態や体力、医療訴訟に対する姿勢を確認してから、保険の加入を考えればよいのではないでしょうか。

 

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