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「安全のためです」
この言葉を聞いて、あなたは反対できますか?

他にも医療現場で何か問題が起きると、必ずと言っていいほど登場する言葉があります。

「再発防止を徹底しましょう」
「チェック項目を追加しましょう」
「確認する人を増やしましょう」
「今後は必ずダブルチェックしましょう」

どれも正しい。少なくとも間違っているようには聞こえません。
しかし、少し考えてみてましょう。

その対策によって、本当に事故は減るのだろうか。と

それとも、何か対策を実施したという事実によって、私たち自身が安心しているだけではないだろうかと。つまり、

安全対策は増やせば増やすほどよいのか。
人員を増やせば必ず安全性は高まるのか。
そして、限られた人員と予算の中で、安全のためならどこまでコストをかけてもよいのだろうか。

実際に「安全のため」という正論が、組織を弱くすることもあります。今回は、医療現場で起こり得る一つのインシデントを題材に、少し違った角度から「安全」について考えます。

究極の安全対策とは何か?

検査で医療事故を絶対に起こさない方法はあるだろうか?

答えは極論をいうと、

「何もしないこと」です。

MRI検査をしなければ、MRI室での吸着事故は起きない。
造影剤を投与しなければ、造影剤による副作用は起きない。
患者を検査台に移動させなければ、移動中の転落事故は起きない。

しかし、それでは医療は成り立たちません。
MRI検査をしなかったことで、重大な疾患を見逃すかもしれない。
造影剤を使用しなかったことで、必要な診断情報が得られないかもしれない。
つまり、ある行為に伴うリスクをゼロにすることが、患者にとって最も安全な選択とは限らないのです。医療とは、そもそも一定のリスクを伴いながら、患者に利益を提供する行為です。私たちは日々、意識するかどうかにかかわらず、リスクと利益を比較しながら仕事をしています。

では、そのリスクをどこまで減らすべきなのでしょうか?

ケーススタディ:1件のインシデントで技師が3人必要になった!?

ある医療機関で、通常診療放射線技師1人で実施している検査がありました。ある日、その検査室に新人研修者が入りました。担当技師は、普段どおり検査を進めながら、新人に装置の操作方法や検査の流れを説明していました。ところが、その最中に検査指示の一部を見落としてしまい、結果としてインシデントが発生しました。担当技師は、研修者への説明に注意が向いたことで、普段なら見落とさなかった指示を見落とした可能性があると考えました。そこで、再発防止策が検討され、一つの提案が出されました。

「今後、研修時には検査担当技師、指導担当技師、研修者の3人体制とする」

なるほど。
検査担当者は検査に集中する。
指導担当者は研修者への教育に集中する。
研修者は安心して学べる。
一見すると、合理的な対策に思えます。
では、ここで質問です。

あなたは、この3人体制に賛成ですか?
A.賛成。安全のためには3人体制が必要。
B.反対。通常1人でできる検査に3人は過剰。
C.条件付きで賛成。研修内容によって判断する。
D.別の対策を考える。

少し考えてから、読み進めてください。

人を増やせば本当に安全になるのか?

もちろん、3人体制が有効な場合はあります。高度な判断が必要な検査や、研修者の経験が浅い段階では、検査担当者と指導担当者を分けることが適切かもしれません。しかし、今回のインシデントについて、もう少し考えてみてください。そもそも、なぜ指示を見落としたのだろうか。原因が、検査指示の確認と研修者への説明を同時に行ったことによる注意の分散だったとしたら、対策は人員を増やすことだけでしょうか?
例えば、

  • 検査指示の確認中は、研修者への説明を中断する。
  • 検査前後に説明時間を設ける。
  • 研修者の習熟度に応じて、指導方法を変更する。
  • 複雑な検査やリスクの高い場面に限って、指導者を追加する。

こうした方法でも、リスクを低減できる可能性があります。もちろん、実際に有効かどうかは検証が必要です。
しかし、重要なのは、3人体制という対策を選ぶ前に、ほかの方法と比較したのかという点です。

さらに、もう一つ考えます。
3人体制にしたことで、確認の責任が曖昧になることはないでしょうか?
検査担当者は「指導担当者も確認しているだろう」と考えます。
指導担当者は「検査担当者が確認しているだろう」と考えます。
人数が増えたことで、かえって責任の所在が不明確になる可能性もあります。つまり、人員を増やすことと、安全性を高めることは、必ずしも同じではないということです。

「3人にしたから安全です」ではなく、「3人にすることで、何がどう安全になるのか」を説明できなければなりません。

その安全対策、年間いくらかかりますか?

ここで、少し視点を変えてみます。
仮に、3人体制にするために追加の指導技師が年間400時間必要だとします。
人件費を1時間4,000円と仮定すれば、
400時間 × 4,000円 = 160万円
年間160万円相当の人的資源を使用することになります。

これは必ずしも新たな支出が160万円増えるという意味ではありません。しかし、その400時間を別の業務に使うことはできなくなります。
例えば、
その時間があれば、ほかの検査室の応援ができたかもしれない。
指導者が別の業務を進められたかもしれない。
患者の待ち時間を短縮できたかもしれない。

改めてお聞きします。年間160万円相当の人的資源を投入しても、3人体制を維持しますか?
ここで意見が変わるかもしれません。

ここで重要になるのが、機会費用という考え方です。
ある選択をすることで、別の選択によって得られたはずの利益を失うことがあります。一つの検査室を安全にするために人員を追加した結果、別の検査室の負担が増えます。その結果、別の場所で新たなリスクが生じる可能性もあります。
もちろん、160万円をかける価値がある安全対策なら実施すべきです。
重大な患者被害を防ぐために必要な人員を、単に費用がかかるという理由で削減してよいわけではありません。
しかし、だからこそお聞きしたい。

「その160万円で、どれだけ安全性が向上するのでしょうか?」

そして、

「同じ160万円を使うなら、もっと安全性を高められる方法はなかったのか?」

安全対策の費用を考えることは、安全を軽視することではありません。必要なのは、限られた資源をより効果的な安全対策に使うための視点をもつことです。

あなたが検査担当者なら? 技師長なら?どうするか?

ここで立場を変えて考えてみます。
あなたが検査担当技師だったとします。研修者への説明をしながら検査を行い、インシデントが発生しました。もう同じ失敗はしたくない。できれば検査だけに集中したい。だから、指導担当者を別に配置してほしい。
これは十分に理解できる要望です。

では、あなたが技師長だったらどうでしょう?
検査担当者の安全だけでなく、ほかの検査室の人員配置、新人教育、患者の待ち時間、職員の負担、病院の経営状況も考えなければなりません。
一つの検査室に人員を追加することで、別の検査室の人員が不足するかもしれない。
教育に人員を割いた結果、時間外勤務が増えるかもしれない。

さらに、部長という立場ならどうでしょうか?
放射線部だけでなく、看護部、検査部、薬剤部など、病院全体の人的資源を考える必要があります。
ここで理解してほしいことがあります。

個人にとっての最善が、組織全体にとっての最善とは限らない。ということです。

そして、管理者の判断が常に正しいわけでもない。ということも。
現場の技師だからこそ気づく危険があり、管理者だからこそ見える組織全体への影響があります。どちらか一方の意見を優先するのではなく、異なる視点を組み合わせて判断することが重要なのです。

ケーススタディ:緊急検査が重なった!?インシデントは、すべて防がなければならないのか?

少し刺激的な質問をします。

「インシデントは、すべて予防する必要があるのでしょうか?」

もちろん、重大な患者被害につながる事故については、可能な限り予防しなければなりません。しかし、現実には、すべてのリスクを完全に排除することはできません。
例えば、緊急検査が重なったことで、予定していた検査が30分遅れたとします。このような事象が年間数回発生します。そこで、常に技師を1人追加配置することが提案されました。年間の追加人件費は700万円です。
あなたなら、どう判断しますか?

「患者を待たせるべきではないから増員する」
「年間数回なら増員は必要ない」

どちらも、これだけの情報では十分な判断とはいえません。重要なのは、その遅延によって何が起こるのかということでです。

緊急性の低い検査が30分遅れる場合と、生命に関わる緊急検査が30分遅れる場合では、リスクの大きさがまったく異なります。また、常に増員しなくても、緊急時だけ応援を要請できる体制を整える方法があるかもしれません。検査の優先順位を明確にすることで、重大な遅延を防げる可能性もあります。

つまり、安全対策には、発生そのものを防ぐ方法だけでなく、発生した場合の影響を小さくする方法もあるのです。

「起こさないための対策」と「起きても重大な結果にしない対策」は、どちらもリスクマネジメントになるのです。

ただし、事後対応を整えれば予防を省略してよいという意味ではありません。この場合、リスクの重大性に応じて予防、早期発見、被害軽減を適切に組み合わせることが重要です。

インシデントが起きるとなぜ対策が増えるのか?

ここで、少し人間の心理について考えます。
インシデントが発生すると、私たちは「何か対策をしなければならない」と考えます。
これは自然な反応です。何もしなければ、また同じことが起こるかもしれません。周囲からも、再発防止策を求められます。
その結果、
チェック項目を追加する。
ダブルチェックを導入する。
確認する人員を増やす。

しかし、こうした対策を追加する際、十分に検討されていないことがよくあります。

「その対策は、本当に原因に対応しているのでしょうか?」

そして、もう一つ。

「その対策はいつまで続けるのでしょう?」

一度導入した安全対策は、なかなか廃止されません。
なぜなら、廃止した後にインシデントが発生すれば、「なぜ対策をやめたのか」と問われる可能性があるからです。そのため、効果が不明確な対策であっても、継続する方が心理的には安心できます。

こうして、チェック項目や確認作業が少しずつ増えていきます。一つひとつは小さな負担かもしれません。しかし、10年、20年と積み重なれば、組織全体では相当な負担になるでしょう。そして、増え続けた確認作業によって、本当に重要な確認に十分な注意を向けられなくなる可能性もあります。
ここで、改めて問います。

その対策は、安全性を高めるために残しているのでしょうか?
それとも、廃止することが不安だから残しているのでしょうか?

事故が起きなければ、その対策は有効なのか?

あるインシデントが発生しました。再発防止策を導入しました。その後、1年間は同じインシデントが発生しませんでした。
管理者は言います。

「対策の効果がありましたね」

しかし、本当にそうなのでしょうか?仮に、そのインシデントがもともと5年に1回程度しか発生していなかったとします。そうであれば、1年間発生しなかったことだけで、対策が有効だったとは判断できません。
逆に、対策を導入した後に再発したからといって、対策がまったく無効だったとも限りません。もともとの発生確率や業務量、患者の状態、検査の難易度など、さまざまな要因が関係するからです。

では、どうすればよいのでしょうか?
例えば、3人体制を導入したのであれば、インシデント件数だけでなく、指示確認の実施状況、確認漏れの発見状況、研修者の習熟度、他業務への影響なども評価します。そして、一定期間が経過したら、対策を見直します。必要なら継続します。改善の余地があれば変更します。より効果的な方法が見つかれば置き換える必要もあるでしょう。

重要なのは、対策を実施したことで満足しないことです!

「再発防止策を決めたこと」と「再発防止ができたこと」は、まったく違うということです。

安全対策にも見直す期限が必要ではないか?

ここで、一つ提案したいことがあります。
新しい安全対策を導入するときには、原則として評価時期も決めておきましょう。

例えば、研修中のインシデントを受けて、暫定的に3人体制を導入したとします。それ自体は、合理的な判断かもしれません。しかし、3人体制を永久に続ける必要があるかどうかは、別の問題です。

まずは原因を分析します。
次に、指示確認と教育を分離するなど、代替策を検討します。
そして、リスクを適切に管理できる条件を確認したうえで、運用を試行します。
その結果を評価して、継続するか、変更するかを判断します。

もちろん、重大な事故を防ぐために不可欠な対策や、法令・施設基準で求められる措置を、安易に廃止してよいわけではありません。
しかし、暫定的な対策が、十分な検証もないまま恒久的なルールになってしまうことは避けたいものです。
安全対策も、医療技術と同じように改善し続ける必要があります。

「一度決めたルールを守り続けること」と「安全を守り続けること」は、必ずしも同じではない。

「安全のため」は思考停止の言葉になっていないか?

ここまで読んで、少し不快に感じた人もいるかもしれません。
「医療安全にコストを持ち込むべきではない」
「事故が起きてからでは遅い」
「患者の安全を最優先にするのは当然だ」
その考え方は理解できます。

実際、必要な安全対策を費用だけで判断することは適切ではありません。

しかし、もう一つ考えてほしいのです。

病院の人員も予算も、無限ではありません。
一つの対策に人員を投入すれば、別の業務に使える人員は減る。
一つの設備に予算を使えば、別の設備に使える予算は減る。

つまり、安全対策にコストをかけること自体が問題なのではなく、そのコストに見合う効果を考えないことが問題なのです。

安全性を高めるために必要な投資は、積極的に行うべきです。
一方で、効果が不明確な対策を続けることで、本当に必要な対策に資源を投入できなくなっているとしたら、それこそ問題ではないでしょうか。

安全と経営は、必ずしも対立するものではありません。健全な経営があってこそ、必要な人員や設備を維持し、質の高い医療を継続して提供できます。

そして、質の高い医療を提供し続けることが、病院の存在意義でもあります。だからこそ、私たちは安全を理由に考えることをやめてはいけないのです。

安全は目的。対策は手段。

最後に、今回の話を整理します。

インシデントが発生したら、原因を分析します。
必要な対策を考えます。
その際には、ほかの方法とも比較します。
人員や費用、他部署への影響も考慮します。
そして、実施した対策が本当に有効だったのかを確認します。
もし十分な効果が得られていなければ改善します。

これを繰り返すことが、合理的な安全管理につながります。
私たちが目指すべきなのは、単に事故が起きないことだけではありません。

必要な医療を、安全に、効率よく、そして持続的に提供できる組織をつくることです。

そのためには、現場の技師、医療安全担当者、管理者、経営者が、それぞれ異なる視点を持つことにも意味があります。全員が同じ考え方になる必要はありません。むしろ、異なる意見があるからこそ、見落としていた問題に気づくことができます。大切なのは、自分の考えだけを正しいとするのではなく、異なる視点を取り入れながら、よりよい方法を探し続けることです。

「安全のためだから仕方がない」
「昔からこの方法でやっている」
「事故が起きたら困るから変えられない」

そんな言葉で、思考を止めてはいないでしょうか?

安全対策を増やすことが悪いのではありませんし、安全対策を減らすことが正しいことでもありません。

本当に必要な対策を、必要な方法で実施し、その効果を確認する。

それこそが、安全を大切にするということではないでしょうか?

そして、最後にもう一度、みなさんに問いかけます。
それは安全のためですか?それとも安心するためですか?

私たちが目指したいのは、「正しいとされていることを守るだけの組織」ではなく、「何が正しいのかを考え続ける組織」です。
今回の話を聞いて、あなたの職場で見直せることはありますか?

 

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