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みなさんこんにちは

近年、マグネットネイルを装着したままMRI検査を受けた患者にトラブルが発生する事例が国内で報告されており、具体的には、爪や指の皮膚に熱傷(やけど)を負ったり、爪が変色して焼け焦げたような臭いが生じたケースが報告されています。一部ではネイルが剥がれてMRI装置内に飛散・吸着するトラブルも伝えられており、国内の病院では注意喚起が強まっています。

今回はMRI検査におけるマグネットネイルの危険性について、熱傷リスクと安全管理を中心にお話ししたいと思います。

マグネットネイルとは何か

マグネットネイルは、鉄粉を含む特殊なジェルやマニキュアを爪に塗り、乾く前に磁石を当てて鉄粉を動かし模様を作るネイルアートです。磁石に引き寄せられた鉄粉で複雑な模様が描けることから数年前より流行しています。ジェルネイルの一種ですが、一般的なカラージェルにもチタンやクロムなど金属成分が含まれる場合があり、マグネットネイル同様にMRI検査時の注意が必要です。マグネットネイルや金属含有ジェルネイルは一見普通のネイルアートですが、微細な磁性体(金属粉)を含むためMRI環境下でリスク要因となります。

報告されているMRI中のトラブル・症例

  • 国内事例: 病院の注意喚起によれば、マグネットネイルやジェルネイルを装着した患者で爪や皮膚の火傷、変色、焦げ臭い臭いなどの事故が実際に起きています。幸い深刻な障害に至った事例は確認されていませんが、安全のため検査を延期しネイル除去後に再検査となったケースも複数報告されています。
  • 海外動向: 国外でも近年、磁性粒子を含む「キャッツアイ」ネイルがSNS等で話題となり、MRI前に緊急オフ(除去)したケースが拡散されています。米国の放射線専門医は「大きな事故の報告はないが、念のためMRI前に落とすのが望ましい」と指摘しており、患者自身もリスクに気づき除去する動きがあります。

国内で事故の発生を明記している医療機関

  • 東京都立多摩総合医療センター
    ネイルアート(マグネット/ジェル)をした方がMRI検査を受けた際、爪や皮膚の火傷や変色、焦げ臭いなどの事故が国内で発生しています。」と明記。院内方針として原則実施不可。東京都立病院機構東京都立多摩総合医療センター

  • 金子脳神経外科(兵庫・伊丹市)
    「ネイルアート(マグネット/ジェル)をした方がMRIを受けた際、爪や皮膚の火傷や変色が起こる事象が国内からも報告」と掲示。かねこ脳神経外科リハビリクリニック

  • 田端放射線科クリニック(東京)
    「ネイルアート(ジェル・マグネット等)で爪や皮膚の変色、火傷、焦げ臭いなどの事故が国内で発生」と注意喚起。田端放射線科クリニック

  • 熊本地域医療センター
    熱傷・スパーク・剥離→装置吸着の危険を具体的に説明し、当院でネイルが原因で当日検査延期となった実例が2件と記載(資料にマグネットネイルの参考写真掲載あり) 熊本地域医療センター(一般社団法人 熊本市医師会)

熱傷やトラブルの原因メカニズム

MRI中にマグネットネイルが危険を招く主な原因は、強力な磁場とRF(ラジオ波)エネルギーが爪の中の金属成分に作用するためです。マグネットネイルが引き起こす主なリスクは「熱傷(RF加熱)」「磁力による移動(吸着)」「画像への悪影響」の3点に整理できます。下表にMRI中に考えられる具体的な危険性をまとめました。

想定されるリスク 原因・メカニズム 報告されている事象・影響
熱傷(ヤケド) RFパルスによる誘導電流がネイル内の金属粉に発生し局所発熱。特に高SAR撮像で顕著。 爪および周囲皮膚の発赤・水ぶくれ等の低度熱傷、爪の変色、焦げ臭い臭い。※国内で火傷事故の報告あり。
磁力による吸引 静磁場が鉄粉を含むネイルを強力に引き寄せる(磁性体の吸着現象)。 ネイルが一部剥がれて飛散し、MRI機器内部に付着。機器のコイルや壁に張り付き故障原因となる恐れ。
画像アーチファクト 金属粉の高い磁化率により局所磁場が乱れ、信号欠損や歪み発生。 撮像範囲に指先があると画像に黒抜けや歪みが生じる。内容によっては診断困難となり再検査が必要。

安全性に関する研究と最新知見

近年、日本の放射線技術者によるマグネットネイルの安全性検証が報告されています。その結果、想定よりリスクが小さい面と残る懸念の両方が明らかになりました。

  • 磁力による吸引の検証: 東京慈恵会医大のグループは、4社のマグネットネイル製品を用い3.0テスラMRI装置内で偏向角(磁場でどれだけ引っ張られるか)を測定しました。その結果、最大でも偏向角4°程度でASTM規格の危険基準45°を大きく下回り、計算された並進吸引力も0.22N(ニュートン)程度とごく小さい値でした。このことから、「爪程度の微小な磁性体がMRI磁石に強く吸着される危険性は低い」と結論づけています。実験では4種類中1製品のみ微小な吸引を示し、他は事実上0でした。
  • 発熱リスクの検証: 同グループはネイルに流れる電気抵抗(導電率)も測定し、各サンプルの導電率はいずれも0.026~0.027μS程度と極めて小さく、事実上ほぼ絶縁体であることを確認しました。さらに水ファントム隣にネイルチップを置き、高いRF出力条件で15分連続スキャンして温度変化を監視しましたが、有意な温度上昇は認められず誤差範囲内の変化に留まったと報告されています。この結果は、「マグネットネイル自体が顕著な発熱源となる可能性は低い」ことを示唆します。つまり適切に装着された小面積の磁性ネイルで急激な火傷を起こすリスクは、理論上は極めて小さいと考えられます。
  • 画像への影響: 一方、順天堂大学のグループ画像アーチファクトに着目した検討を行いました。磁性体含有量の異なる複数のジェルネイルを人工指モデルに装着し各種シーケンスで撮像したところ、撮像視野内に指先がある場合はいずれもネイル周囲に磁化率起因のアーチファクトが出現しました。しかも含有される磁性粉の量が多いほどアーチファクトが顕著に増強する傾向が得られています。この点について研究者らは「強磁性体の総量は微量で吸引作用や発熱は示さなかったが、それでも撮像範囲に入れば画質劣化を招く可能性が高い」と指摘し、画質面でのリスクに注意を促しています。

以上の研究から、マグネットネイルそのものの物理的リスク(発熱・飛散)は当初考えられたほど高くないものの、実際の医療現場では依然注意が必要という結論になります。特に:

  • 患者によって製品や装着状態が様々であり、一部に予想外の反応を示す可能性はゼロではないこと。
  • 「リスクが低い」とはいえ、万一熱傷や機器トラブルが起これば重大な安全管理上の問題となること。
  • 画質への影響という観点では些細な金属量でも許容し難い妨げとなること。

を踏まえ、保守的に安全策を取る姿勢が推奨されます。

防止策とガイドライン上の注意喚起

MRI室での安全管理として、放射線技師は以下の対策・指針に従ってマグネットネイルによる事故を防止する必要があります。

  • 事前チェックと除去の徹底: もっとも有効な対策は患者の爪から金属成分を無くしてもらうことです。国内外のガイドラインでも、MRIを受ける際は化粧品やマニキュアを含め金属を帯びたものは身につけないよう周知されています。特に日本の病院では「マグネットネイルやラメ入りジェルネイルをした方は原則MRI検査を実施しません」と明記し、予約段階で除去をお願いしています。鹿児島大学病院では装着部位が手でも足でも例外なくネイル除去を求めており、爪や皮膚の火傷・変色防止および機器保護の観点から協力を呼びかけています。検査当日に発見してもその場で簡単にオフできないため、結局検査延期となるケースがあることも患者に説明し、検査前日までにオフしてもらうよう指導します。
  • 持ち込み禁止物の啓発: マグネットネイルに限らず、MRIではあらゆる金属製品の持ち込みが禁忌です。日本医療機能評価機構の医療安全情報でも、患者が申告漏れで金属類を着けたまま入室してしまう事例が後を絶たないと報告されています。放射線技師は口頭や書面で丁寧に持ち物確認を行い、写真やイラストを用いて注意喚起するなど創意工夫した事前説明を行うべきです。特に若年女性ではネイルアートやまつ毛エクステ、カラコン等、見落としがちな装飾品にも目を配りましょう。
  • 緊急時の対応: 外傷や急病で緊急MRIが必要な場合、ネイル除去の時間が取れないケースもあり得ます。このような場合は、患者や医師と協議の上リスクを承知して検査を実施する判断もなされます。日本磁気共鳴医学会の安全委員会によれば「どうしても外せない場合、十分な吸引防止策(例: 指先を固定し不透過性のゴム手袋で覆う等)を講じ、火傷の危険性について患者の了承を得た上で検査する」ことが望ましいとしています。検査中は異常がないか細心の注意を払い、患者にも熱さや違和感を感じたらすぐ申告してもらう体制を整えます。もっとも緊急でない検査であれば、ネイルの付け替えタイミングに合わせて予約日程を調整する配慮も有効でしょう。
  • スタッフ教育と情報共有: 放射線部科スタッフ全員がマグネットネイルの存在と危険性を理解していることが大前提です。先述の通り、医師や技師でも数年前まではその存在自体を知らなかった例があります。院内で安全管理情報を共有し、検査問診票にネイルアートに関する項目を追加するなど体制整備も検討すべきです。幸い日本診療放射線技師会やMRI安全性フォーラムで関連情報が発信されていますので、最新知見をキャッチアップして現場に活かしましょう。

国内医療現場での対応状況

日本の放射線部の現場では、マグネットネイル問題への対応がここ数年で急速に進みました。多くの医療機関が公式Webサイトや院内掲示で患者向け注意喚起を行っています。具体的には

  • 予約時の案内: MRI予約票や説明書に「マニキュア・ネイルアートは禁止。特に磁石ネイルやジェルネイルは事前に落として来院ください」と明記し、予約担当者から直接伝える運用が増えています。美容院やネイルサロンと提携し、MRI予定のある顧客への注意を呼びかける事例もあります(ネイル業界向けの啓発)。
  • 問診・受付でのチェック: 来院時の問診票でネイルの有無を確認したり、技師や看護師が患者の手足を目視でチェックして落とし忘れがないか確認します。金属検出用のハンドヘルド磁石でネイルに反応がないか調べるケースも報告されています(簡易な方法ですが、完全な検知は難しいため補助的手段です)。
  • 検査当日の対応: 万一ネイルアートが発覚した場合、その日のMRI撮影を延期し別日程に組み直すか、緊急時であれば前述のようにリスクを説明した上で強行する判断となります。特に整形外科領域などでMRIが必要な状況では患者もネイルを外すことに協力的な場合が多いですが、救急では本人が意識朦朧としている場合もあります。その際は家族から事情を聞き取る、あるいは技師の判断で応急的に削り落とす(可能な範囲で)といった柔軟な対応も求められます。
  • 機器保護策: 指先を固定するテープや、コイルと接触しない体位工夫、ネイルが万一外れても飛散しにくいよう包帯で巻く等の処置も現場で検討されています。ただしこれらはあくまで応急処置であり、根本的な解決策は事前除去であるとの認識が共有されています。

おわりに

マグネットネイルに代表される金属含有のネイルアートは、おしゃれを楽しむ一般の方には身近な存在ですが、MRI検査との相性は極めて悪いものです。診療放射線技師として、最新のトレンドにもアンテナを張りつつ、患者さんへの事前説明と安全確認を徹底することが求められます。幸い国内では大事に至る事故は報告されていないものの、「起こり得るリスクは未然に排除する」のが医療安全の基本です。マグネットネイルによる熱傷や機器トラブルを防ぐ取り組みは、MRI検査の安全文化を高める一助となります。